中小企業診断士 鷺山はるこのブログ「Si.Eccolo(スィ,エッコロ)」

AAS名古屋代表  鷺山はるこのブログです。 中小企業診断士2次受験ノウハウを惜しみなく掲載中!         ※Si.Eccolo!とはイタリア語で「はい、ここにあります。」という意味です。

社長シリーズ

「朝令暮改」は社長の責務

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8日、真珠湾攻撃から80年を迎えた。
ニュースでは追悼の式典が。

103歳になる元米軍の兵士が語る。
「日本人とはいい付き合いができている。
 恨んではいないよ。」

そう聞いてもなお、胸が痛む。

『ああ、』というため息とともに、
なぜ止められなかったのか?
そんな悔しさが胸の奥に重く溜まる。

世の中は目まぐるしく変化する。

そんな環境変化の中で、
社長であるリーダーは、
いかにあるべきか。

状況と情報の収集を常に、広く深く行い、
自社の戦略について決断を下す。

だがそれが間違っていると思えば、
周りから朝令暮改であると揶揄されようが
言う事がころころ変わる、
そんな社長は信用できない、と
下から非難されようが
そんなことは気にしなくていい。

リーダーである社長の役割はなんだ?!

懸命に変化を読む、そうして
生き延びる方向や道、手段を決定する。

決断の方向を誤ったと思えば、
舌の根も乾かぬうちに、
「止める!」と言えばいい。

社長には「朝令暮改」行動がいる。

いやむしろ、
変化が激しい今の世で、
「朝礼暮改」であることは社長の責務だ。
社員を守るための責務だ。

私の周りの活力ある会社、
変化の荒波を泳ぎ切り、乗り切る会社の社長さんたちはみな、「朝令暮改」の人たちだ。

固まるな、蹲るな、批判を恐れるな!
必要ならば、ころころ変わってもいいのだ。

むしろそれこそが、社長としてあるべき姿だ。
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社長シリーズ【顧客の声を聞きすぎてしまった彼】(後編)

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今日は昨日からの続き、地元で人気の
老舗ラーメン店のお話しだ。

ある時、その店が立地する街が、
某TV局の番組の素材になるとの情報が入った。
国民的な番組だ。

その情報が流れるようになって、街に観光客が増えだした。
それと同時に、競合店も増えだしたのだ。

そもそもラーメンは、その地域の名物でも
あったのだが、それまでは地元の人間が
食事で利用する程度だったから、店の数も案外少なかった。

それが、観光客の増加とともに、
ラーメン店で創業する店が日に日に増えていった。

観光客は外部の人間だ。
地元では人気でも、プロモーションが上手な店や
安い店に流れてしまう。
また地元住民にとっても、新しい店は興味深い。

これまで、利用してくれていた人たちも、
よその店に浮気する日がでてきた。

おかげで、これまで店の外まで客が並んだ店だったが、
すぐに入店できる店になってしまったのだ。

TV番組が本格的に始まると、その傾向は
もっと顕著になっていった。

危機感を抱いたのは3代目だ。

これまで一子相伝の汁にこだわり抜いていたのだが、
ある時、店の中でこんな声を聞いた。
「しょっぱいよね、ちょっと」
「それに高いしさ」「量多すぎだよね」

日に一人くらい・・・と思っていたが
観光客が増える度、その声も増えるようになった。

三代目は悩んだ。目の前で、
日に日に顧客は減る。もう生きた心地ではなかったという。

結局、三代目は顧客の声を聞くことにした。
環境変化に適応しようとしたのだ。

味を薄く、値段も少し下げて、
その分、サイズも少し小さめにしてバランスを取った。

だがTV番組はいつか終わる。それとともに観光客も減る。

競合店たちも出来ては消え、出来ては消えを繰り返し、
彼もまた、この変化の波を乗り越えようと必死になった。

そして、最後に最も辛い声を聞いてしまった。
これまでの既存客たちからだ。
「美味しくなくなったよね。なんか昔の味と違う。」
「高いし、他の店でも変わらないね。」

その後、その店から想い出の味を感じられなくなった既存客たちが
徐々に減っていった。この店の行く末は、敢えて語らない。

最後に、受験中のみなさん。
平成29年事例気硫杙卆渋ざ箸了例を読み返してほしい。
あの会社は必死に、昔の味とブランドを守ろうとした。

古き時代を知る戦友たちが去ろうとする時も
その想いを引き継ごうとした。

愛顧してくれる顧客のために、お店は何を守るべきか。
あるラーメン屋さんの話を参考に考えてみてね。

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社長シリーズ【顧客の声を聞きすぎてしまった彼】(前編)

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「飲食店はこだわりが強い店ほど生き残る」
コロナ前はこんなことを言われたこともあった。

それが今では、どんなにこだわりの強い店でも
変化を受け入れねば、明日が知れない時代になった。

さて今日は、あるラーメン屋の話だ。
こんな現代とは真逆の時代のお話しをしたい。

そのラーメン屋の創業者はその昔、
戦後の焼け跡で屋台を引き、
その味が人気を呼んで成功した人だった。

焼け跡の食べものが無い時代、
人々が必死に、汗を流していた時代に、
脂っこく、塩気も強く、太麺のラーメンは
人気になったのだ。まさに人々のニーズに
マッチしていた。

創業者はやがて、屋台で儲けた金で、港町近くの
問屋街に店を出した。近隣には労働者も多く、
またもここのラーメンは、人気になっていった。

その店は、今でいうなら町家だ。
低い軒先、二階には小さな縁台も突き出した古風な木造家屋だ。

1階はカウンターと階段下のくぼみの席だけ。
のれんをくぐり、ガラス戸を開けると
すぐに座れて、すぐに食事ができる。

汚れた格好の労働者も服装を気にせず食べることができた。
昭和の頃にはタクシーの運ちゃんたちにも人気だった。
車を脇に路駐して、すぐに食べることができたからだ。

一方、2階は小さな座敷が1室。縁台も突き出している。
小さな子供を連れた家族連れに人気だ。

この古風な2階で食事をした想い出を語る地元住民は多い。
ラーメンの想い出というより、
子供の頃の、人気店で家族と楽しんだ想い出だ。

ラーメンの味と家族との記憶、
これが地元で愛される理由だった。

時代が過ぎ、バブルも超えて、
3代目店主の時代となった。
その頃には、地元では最も認知度の高い老舗となっていた。
値段が高めでも、店の外まで客が並ぶ人気店だった。

だが、そこから大きな波が訪れる。
それは某TV局でのドラマ放映がきっかけだった。

さて、その大きな波とは。ここからこの店の戦いが始まる。
つづきはまた明日ね。

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影を追い続け、影になってしまった彼(後編)

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今日は、昨日からの続き、
ある中古車販売会社の2代目社長の話だ。

創業者の父が病になり、30代の若さで
社長職を継いだ彼は、父のようになるために、
とにかく父の真似をしていった。

豪放且つ快活で、誰からも慕われる父のように
なりたかったのだ。

だが、彼は勘違いをしていた。
父は何もせずに人から慕われていたわけではない。

父がいつも思っていたのは、
常に「誰かのために」だった。

だが2代目はこれを忘れていた。

誰かのためではなく、自分のために
従業員には働いてほしいと思っていた。
そして社長として尊敬してほしいと。

その心が顕著に表れた出来事がある。

彼は従業員を労うことをしなかった。
口先の「ありがとう」は言えても、
心からの「ありがとう」が言えなかった。

そして、自分にひれ伏す従業員は、
能力に関係なく、出世させていった。
影で頑張る人が報われない会社になった。

そしてさらに、会社の金も
私用にどんどん使った。

中古車が販売不振の時でも、
会社の費用で、自分の趣味の物を買い漁った。

それは、歳を重ねる事ごとにそれはエスカレートした。
最後には、会社を経営する目標が、
顧客や従業員のためではなく、
「俺は親父を超える!」になってしまったのだ。

親父がやらなかったことをやって、
親父より儲ける!これを目標として
しまったのだ。

これまで父が培った資金で、
不動産や株を買い漁った。
金融にも手を出し、大都市圏にも営業所を作った。

父は、従業員と一緒に汗を流して働き
成功していった、実業の人だった。
だがそれ見て彼は、「俺はもっと賢い儲け方をする。」
と勘違いしてしまったのだ。

あれはバブルの頃だった。
バブルがはじけ、その後彼がどうなったのか?
容易に想像がつくだろう。

当時、創業者は病に倒れてしまい、
彼に経営の本質を教えることができなかったのかもしれない。

だから2代目は必至に父の「影」を追い続けた。
そうして、最後は、自分が、誰からも必要とされない
「影のような」社長になってしまったのだ。

その後彼は、全てを失っていった。
むなしくて、とても残念なお話しだ。
あの時、側に診断士でもいれば・・・。
この話を思い出す度に思う。

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影を追い続け、影になってしまった彼(前編)

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地方都市で、中古車を販売する彼は2代目だった。
その会社は、先代の父が創業した会社だ。

父は、大変な働き者で
戦後の焼け跡の中で闇屋から始めた人だった。

父は、少し資金ができると、
次は、時代に合わせ様々な事業を始めて儲けた。
そして、その事業が成熟期に入る頃には売り、
時代を先読みしながら成長し、
資産を作り上げ、土地の名士となった。

父は、誰からも好かれる豪放で明るい性格だった。
好かれる理由は、性格だけのせいだけではない。
いつも「誰かのために」を考える人だった。

顧客や社員だけでなく、
周りに困る人あれば、躊躇せず援助した。

おかげで盆暮れになると、
様々な職業や年齢の人たちが、
あちらこちらからの地域から挨拶に訪れていた。
「昔助けていただいたお礼に」と。

2代目の社長は、そんな父親を見て育った。というか、
見て育ったはずだった。
だが、彼の方向性は違った。

大学生になって、大都会へ出る頃には
「俺は社長の息子だ。」と
誰かれなく言い放つようになっていた。

その理由は今もからない。

大学を卒業したのち、しばらくは
東京の会社に勤めてはいたが、
30歳を迎える頃、故郷に戻ることになった。

父の具合が悪くなったからだ。

彼は跡継ぎとして、「俺が!」と
意気込んだ。そして、
とにかく父の真似をしていったのだ。

豪放且つ快活、リーダーとして
大胆にふるまおうとした。

偉大な父の影を追うのに必死だったのだ。
とにかく父の真似をしようとしたのだ。

従業員数が500名ほどになったその社屋を
社長室まで歩く間、出会う従業員たち全てに声をかけた。
父のように。

「〇〇君、おはよう!元気か?」
「仕事はどうか?」と。
実に大きな声で声をかけていった。

「はい、社長!おはようございます。」
その返事が実に心地よかった。
『よし、俺は親父と同じだ。』
心の中でいつもそう思っていた。

だが彼は肝心なことを忘れていた。

そして、父と比べ、圧倒的に足りないものがあった。
それは何か?続きはまた明日ね。
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プロフィール

中小企業診断士の鷺山(さぎやま)はるこです。中小企業診断士2次専門校AAS名古屋の代表を務めています。このブログを通じて、診断士を目指すみなさんへ、なんらかの“気づき”をご提供したいと思っています。よろしくお願いします。経営コンサルタント(株)ニュートンズアイ代表取締役。

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