同じ事例問題を読んでいても、
通りやすい人と通りにくい人の読み方に
違いがあるように思う。

今日はその違いが何か?そして原因は
どこからくるのか?についてお話ししたい。

まず、通りやすい人は事例問題を文章として読む。

一方、通りにくい人は文字の集まりとして読むように思う。

文章とは意味のある文を、ある意図を持って集め、
ある塊を作り、書き手の意図を表現しようとするものだ。

通りやすい人は、このことを十分理解していて
文章を読む時に、書き手が自分に何を伝えたいのか
探ろうとしたり考えながら、さらに、
文章を意味ある塊として読む。

一方、通りにくい人にはこの意識が薄いように思う。

単に文字の羅列として読むように思う。
そのため、いくら読んでも意味を受け取れない。

このような差が生まれるには
いくつかの原因があるだろう。

例えば、読める人には、子供の頃から
よく読書をしていたという経験者も多いように思う。

本を読む経験が多ければ、それだけ
書き手の意を汲む練習を積んでいることになる。

それも事例のようにある偏った?
資格試験に特化した文章ではなく、
様々な種類の文章を読んでいる。

するとさらに、書き手の意を汲む力が付くことになる。

まあ、読書経験が読めないことの
全ての原因ではないだろうが、
傾向としてあるように思う・・。

その傾向が一番現れるのが、設問の読み方だ。

読む経験が多い方は、
設問文の要約が出来るように感じている。

講座や個人レッスンで
「で、結局、この設問は何を問うていますか?
 一言で言うと?」と尋ねると、
読書経験が多い方ほどすんなり正解が出てくる。

一方、そうでない方にはこれができない方が多い。

だが、嘆いてはいけない。
「そうでない」ほうの方も、
設問分解⇒設問要約(問われたことを一言で述べる)
練習を詰めば、カバーできる。

前述したように、「偏ったこと」しか
問わない「偏った世界」である資格試験の文章だからだ。

挫けずコツコツ練習を積んでいただきたい。
諦めなければできる!叶う!
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